日本やアジア諸国と西洋諸国では専門学校・TAFE・大学教育の教育法、学習法において大きな違いがあります。
日本の教育では初等教育から大学までの授業では、情報を見出しそれをそのまま学び、記憶し、応用するような学習活動が中心で、たとえば大学の講義を聞いてノートを取り、授業の途中で教師に質問したり異議を述べたりするのは比較的避けられており、極端にいえば講義で学んだ事を良く把握し記憶しておれば、いわゆる良い学生としてみなされるのではないでしょうか。
一方、オーストラリアを含む西洋的教育法では、大学の講義で教師に授業中質問をして、異議のある時はどんどんそれを述べ自己独自の意見を持ち、それをいかに裏付けていけるかがいわゆる腕の見せ所になるわけで、講義を聞きその知識を単に覚えるだけではオリジナリティーのない=能力のない生徒としてみなされてしまいます。
これはよく聞く話ですが、アジアの学生がオーストラリアの大学に入学して初めて英文作品評論のエッセイを提出して、不合格の評価をもらい、そこで初めてその課題で実際求められていたものは、作品の内容を解釈し、英文家評論をつなげただけの描写的エッセイ(descriptive essay)ではなく、作品をいろいろな視点から評価し、過去の英文学者の評論に同意したり異議を述べ、自分自身の意見を述べてそれを裏付ける論議的エッセイ(argumentative essay) だったということがわかるという話です。
教師や古人・有名人の知識を敬い、そこから学ぶように育った日本人・アジア人学生にとって、はじめからこのような論議的エッセイを書く事は至難の業であると思います。 オーストラリアの学習法に適応していくには批判的考え方(critical thinking)に適応していく努力と時間が必要になるでしょう。
進学準備としての英語プログラム(EAPコース)の中ではその日本・アジア的学習法とオーストラリアの学習法のギャップを埋めるような内容も一部組み込まれていますので、そのような面からも大学入学前に英語準備コースを受講するメリットがあります。